My Diary

   
  2004年(平成16年) 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月  
       
  3月31日(水)曇 三文の得  
   

海外に出かけることもあり、久しぶりに朝ランニングをして汗を流した。昨年までの宇津貫〜16号〜みなみ野〜宇津貫のコースをゆっくりと走った。今年二回目くらいのランニングなので筋肉が痛い。途中片倉公園に寄って見た、早朝の公園は人気が全く無い。カタクリの花が見事に咲いていた。但し早朝ということで花はどれもこれも皆下向きであったが・・・昼間になれば美しく咲き乱れたカタクリを鑑賞することが出来るであろう。あの下向きに咲くカタクリちゃんは、私に綺麗な所を見せられなくてごめんなさいと言っているようであった。湯殿川沿いを走った。西の方には富士山がものの見事に雪に覆われて全貌を現していた。こんな素晴らしい環境の中でもう一度自由に走れるようになりたい。

午後、新宿に行ってショックが走った。私の日記帳は「白からの出発」というB5班の無地の自由帳ともいうべきものを20年以上使っている。最後の一冊になったので新しく買いだめしようと紀伊国屋アドホック店に行った。2階か3階の文具売り場の端の方に置いてある筈なのであるが、レイアウトが全く変わってしまっていた。店員の人に聞いてみたところ昨年8月に手帳などの文房具販売は廃止したとの事。特殊なものだけはおとり置きをするとのことで一縷の望みをかけて”普通の白からの出発というものなんですけど・・・”、”無いですね”と笑顔で言われてチョン。空しかった。これで諦めるわけには行かないので家に帰って製造元を調べたらあった。インターネットのお陰だ。早速電話。東京港区芝の一部上場会社になっている。”モシモシ、こちらそちら様の白からの出発の愛好者なんですけれど、紀伊国屋さんで取り扱っていないと言われたんですけれど、未だ製造しているんでしょうか?”、”ハイ、作っております。”、”購入したいんですけれどどのようにすれば良いでしょうか?”、”担当者に代わります”、”当方では販売は担当していないんです。白からの出発は贈答用に使っており、販売用は扱っているかどうか分かりません”、”・・・・・”

表紙にはこう書いてある。
これは、白い本です。
好きな日に、好きな時間に、
あなたのこころが、白いページを埋めていく・・・
とびきり自由な本なのです。
何とかならないものなのであろうか。

夜、テニスメンバーの方々と夜桜見物に行った。相模原の相模湖沿いに満開に咲く桜を見物。皆様の暖かい心に大感謝。有難うございました。

 
       
  3月30日(火)曇→雨 平和な朝  
   

先日の定期総会で町内会の仕事はお役ご免ということであったが、懇親会の席上で早速佰年櫻を囲んでお花見をやろうという企画が飛び出し、相談役と宣伝社があっという間に素晴らしいパンフレットを作ってしまった。こうなると私は落ち着いていることが出来ずに、これを増刷していただき旧役員宅に一軒ずつ持参し趣旨を説明して極力出席するようにお願いしてしまった。12軒のお宅に伺ってひとしきりおしゃべりをして次の所に自転車で移動する。途中で長老に会った。そこで朝の会話。別れ際に畑のほうれん草を持っていくようにとのことで見事に植わっているものを沢山頂いてしまった。こんな生活って良いなー、とつくづく感じる今日この頃である。4月3日は多分盛大な宴になることであろう。羨ましい限りだ。

 
       
  3月29日(月)晴 直球勝負  
   

久しぶりに今年99歳になる家内の母の入院している病院に行った。談話室でテレビを見ていたが私の顔を見て”康裕さん”と言ってくれた。長女を連れて行ったが名前を忘れて思い出せなかったのに私の名前は忘れずに覚えていてくれた。家内が”パパの名前は忘れないんだよね”、私”そりゃぁ良い男だからだよね?”、母”良い男じゃないけど・・・・良くこんな男と娘が結婚したもんだと思うよ”、私”・・・・・”100歳近くになろうとしている母は常に私にはストレートの勝負を挑んでくる。でも、その言葉が偽りではないので頭にくるけど怒れない。顔も手も皺だらけだけれど何時までも直球勝負の人生を続けて欲しい。

春の日につられて竹の子テニスに行ってきた。最近は人手が少ないようであるがそれでも本日は10名の仲間が来ていた。4ゲーム先取の試合を5セットやったが4セットまでは”春うらら”モードで一勝も出来なかった。私がサボっている間に皆様物凄く上達されていて、サーブなんかもかなり速いのを打ったが軽く返ってきてしまっていた。この年になると練習をしないと実力がどんどん低下してしまう。最後になって強力メンバーの伊藤さんと組むことが出来て漸く一笑することが出来た。その後、伊藤さんと家内、長女の四人で大村庵で美味しいジョッキを傾けた。

夜、下相原連合町会の会長さん5名からお餞別を頂いてしまった。思い出すのは昨年八月諏訪神社例大祭の山車引きは一生記憶に残る思い出だ。

 
       
  3月28日(日)晴 総会のハシゴ  
   

私にとって一年で最も多忙で変化に富んだ一日であった。先ず午前10時からATCの定期総会。ここでは年間行事報告/計画、会計報告、役員承認など円滑に進み最後に私が挨拶で、役員のなり手が居なくて苦慮していること、会員皆様が積極的に役員を分担するとか、スクールに協力するなどをお願いする旨を強く訴えさせていただいた。次期会長の町山様にスムーズにバトンタッチできた。その後テニスをやりながらの懇親会でビールが美味かった。

懇親会もそこそこに家で着替えをして公会堂に。今度は町内会の定期総会だ。今年私が担当した定期総会資料の誤字脱字が多く皆様にご迷惑をおかけしてしまった。正誤表を出席者に渡すのに70枚も刷れば充分と考えていたが何と85名の方々が出席してくださった。これには大感激であった。会長挨拶の後、1号〜6号議案まで議事がスムーズに進み二時間くらいで無事終了することが出来た。懇親会の席上、長老の方から挨拶を頂き、またまた今年の役員は期待以上に良くやったと褒め上げられまたもや気分を良くして飲みすぎてしまった。会員の皆様、班長さんの皆様、役員の皆様この一年間本当に有難うございました。

その後ATCセブンのメンバーと北八寿司でゆっくりと歓談。少し疲れたが充実感に浸れた一日であった。

 
       
  3月27日(土)晴 創意と工夫  
   

急に春めいてきた。昨日までは真冬並みの寒さの中に櫻がちらほら咲いており何となくアンバランスな風景であった。町内会の方も明日でお役ご免となるため、やり残していた行事看板のラベル貼りを29枚片つけた。このラベル貼り、印刷していただいたラベルを看板に貼り付けるという簡単なことではあるがこれには高度(?)の技術が必要である。例えばラベルを紙から剥がしてこれを単純にアクリル版に貼り付けると、接着剤の強度が強いため一寸空気が入ったりするとプクッと膨らんだ所が出来たり、皺が寄ったりする。これを如何に解決するか。中島宣伝社の社長から道具を借りてやったらいとも簡単にしかも綺麗に張ることが出来た。水に僅かの洗剤を入れてこれをラベルの接着面、及びアクリルの上に霧状に吹きかけその後貼り付ける。未だ接着効果が出ていないのでラベルを微調整することが出来る。ここでヘラのようなものでラベルの上から強く撫でると中の空気や皺が全てとれて綺麗に張りあがる。これを29枚家内とやったが何と1時間半くらいで全て貼り付けが完了してしまった。何事にも創意と工夫が大切だということを実感した。中島社長有難うございました。

夜、町内会の役員宅でご馳走になった。豪華なお料理に家内や相談役の方と舌鼓をした。ここで今年度の町内会活動について色々な話があり今年度の役員はとてもよくやったとの評価を頂きそれに気を良くして飲み過ぎてしまった。でも美味しい料理を有難うございました。

 
       
  3月26日(金)曇 バックアップ  
   

我が家のwebサーバーバックアップには従来moを使用していた。このmoって中々の食わせ物で約1.3GBの容量を3枚のmoを使ってバックアップしている。本来ならば差分のバックアップで良いはずなのであるが、差分のバックアップを取るためには一世代前のバックアップ情報が必要であり、これがまた3枚読み込ませる必要がある。こんなことをやっていると頭が混乱してしまうので毎回全情報をmoにセーブしていた。これでは作業効率が悪い上に家内に任せられないので、今回思い切って20GBのポータブルHDDを購入し、これにバックアップを取り二回目以降は差分バックアップとするようにした。本日その作業をしたがとても効率的なので気に入った。そして家内でも出来るようにマニュアルも作った。これに続いてサーバーの切断、立ち上げ、メールの使い方、メッセンジャーの使い方などを写真や画面情報を取り入れながらマニュアル化してみた。このマニュアルって作ってみると中身がとてもよく理解できる。今まで機械的に何の意識もしないでやっていた作業が整理できてとても良かった。これで私は何時何があっても困らない体制が整ったことになる。

 
       
  3月25日(木)曇 スケールが大きかった昔の指導者  
   

市役所に行ってきた。この市役所、老朽化して建て替えの話が盛り上がっている。この現在の庁舎の前に写真のようなブロンズ像が立っている。知っている方はご存知であるが、知らない方も多い。このプレートに書かれている内容は「相原町が町田市と合併する時に町の保有地の一部を売却してそれを市に寄付し、そのおかげで建設することが出来た」という意味のことが書いてある。これって物凄いことである。昔の町会指導者の皆様のスケールの大きさを感じてしまう。利を求めず、町民全体の将来を見極めた上での決断は素晴らしかった。私達もこの考え方を是非見習わなければならない。でも、この寄付によって市から相原にもたらされた色々な投資が一寸タイミングが遅いかなと思うが、そんなことを考えるのはスケールの小ささを証明しているようなものだ。建設部道路計画化にも顔を出し、課長さん始め皆様から駅への侵入道路の事業認可が下りてこれから本格的に買収交渉に入るとのお話を伺い一安心。

 

ブロンズ像   ここに由来が書いてある

午後、同級生の久富氏、大長氏と三人で居酒屋〜カラオケコースの懇親会で楽しんだ。久富さんは先進の歌を取り入れており、大長さんはプロ以上に歌が巧い。私なぞは何のとりえも無い。

 
       
  3月24日(水)雨 腹が出た  
   

町内会の私的なホームページを作った。これは色々な情報を会員に伝達する手段の一つとして試験的に作ってみた。でも、これってコンテンツとその内容がとても難しい。色々思い悩んだ末にトップページと会長メッセージだけを取りあえづ入れてみることにした。この会長メッセージはこの一年間会員の皆様に回覧したもので、ニュース性に乏しいが仕方が無い。来年度の役員に検討してもらおう。

昼前に久しぶりに竹の子テニスで汗を流した。先輩の佐藤さんから”腹が出た”と見事な一発を喰らいガックリ。また、最近参加人数が減って来ているということで心配だ。

午後、ラオスの職場でお仕事をしている先輩の堀端様とメッセンジャーでカメラを使って交信した。アパートの方より僅かにスピードは上がっているがそれでもかなり遅い。動作を始めてから画像が変わるのに2〜3秒もかかってしまう。挙句の果てには回線が切断されてしまった。堀端様のお話ではこんなことは日常茶飯事だとのこと。何となく不安になった。夜は関処でチカちゃんが河豚の免許を取ってメニューを増やしたということで早速賞味させていただいた。子供達も初めての味のようで喜んでくれた。

 
       
  3月23日(火)小雨 お囃子  
   

寒さが厳しい。昨年神社の例大祭の山車引きの時にお囃子の演奏に感動して、9月から陽田囃子に入会させていただいた。練習が土曜日の夜ということなので、土曜日は色々な会議があるため中々出席できないが時間が空けば出席していた。今年になってからは殆ど出席できず、皆様にご迷惑をおかけしていた。本日阿部会長さんの所に一本持って挨拶に行った所、時間が出来たら出席すれば良いし、名簿もそのまま残しておいて頂けるとのこと。嬉しくなって涙が出そうになった。思い出してみれば、私はどうやらアフリカ系の血を引い ているようで、音楽というか樂の音に異常なほど接近したがる習性があるようだ。

入会以来、朝ウォークの時に太鼓の節を覚えながら歩いたこともあった。懐かしい。またやるぞ!!

                  印幡より
       トコオヒヤリ テンツクツ
       テンテンツク オヒャリ テンツクツ
       テンテンツク テンツク テンツクツ
       スケテンツク テンツク テンツクツ
       スケテンツク ステスク テンツクツ

   (切り)ヒャリ トコ オヤリ
       ピヒーリ ピヒリッピ

 
       
  3月22日(月)雨、雪 年金問題  
   

櫻が咲き始めたと思ったら本日は雪が降ってきた。今週は色んな準備で超忙しい。昨日ラオ語のフォントをインストールしてためしに打ってみた。エート、先ずはコンニチハだ 。これは日本語で書くとサバイディとなる。
SaBAy Di

フムフム巧くいった!!でもこれってキーが何処か分からないので取り敢えず全部のキーを画面に打ち出してみて、それで何処を打つとどの文字が出てくるかをチェックする訳だ。中々難しいけど研修の成果が出た。(でも、このフォントを正常に読める方は多分居ないであろう。何やら優越感を覚える。)

今、年金の話題があちこちから聞こえてくる。年金受給者として強い関心を持っている。特に目を引くのが国会議員の年金についての話題である。10年以上国会議員を務めると国から70%の補助を受けて四百何万円かの終身年金がもらえるという現行制度について、この制度が一般国民が受給している年金の割合と比べて格段の優遇処置となっている。この点の改革のために若手の国会議員が動いているが老齢の議員の反対があるようである。これってとてもふざけた話だと思う。国会議員というのは国のレベルに立って物事を判断しなければならないはずなのに、いざ自分にからむ話になると既得権を主張する。国からの補助などについては一般国民と同じにしてしかるべきではなかろうか。この改革に反対する方は国政を担う資格なしということで氏名を公表して選挙の際に国民の判断を仰ぐべきと思うがどうであろうか。

 
       
  3月21日(日)晴 まったりの休日  
   

久しぶりにゆったりとした休日の朝を過ごした。昨日の会食の影響もあったが、研修に行く前は日曜日でも早朝に起きてランニングやウォーキングをしていたのに、今朝はすっかりそれを忘れていた。起床が5時になってしまった。

午前中は在庫の各種CD-ROMをポータブルHDDにコピーした。これって凄い。20枚くらいのCD-ROMがポータブルHDDの数ギガを使っただけで収まってしまった。そして昨日購入したPDAのインストールも行った。なるほど、予定やアドレス帳、メモ帳などはパソコンと同期が取れる。故に入力効率の高いパソコンで入力してPDAに送るという仕組みになっていた。了解。

午後、久しぶりに運動というかテニスを楽しんだ。一週間ぶりの運動なので筋肉が少し痛い。それと、メーラーをwemailに乗り換えることにした。これはウィルスの攻撃対象から外れているという理由からである。wemailをダウンロードして立ち上げたが今までのアドレス帳やメールデータのインポートが巧くいかない。どうしよう。

 
       
  3月20日(土)雨 ビッグデー  
    私にとってビッグデーであった。

先ず、来週の日曜日に行われる予定の町内会の定期総会資料の印刷が完成した。おびただしい量の資料が出来て役員の長田さんと一緒にブロック長さんのお宅に届けた。この資料に基づく総会を終えれば私の使命は終わるのかと思うと何となく感情が高ぶってくる。

先日ヨドバシカメラで脅された「クリエ」が入庫した、ということで早速買いに行った。とにかくモノを手にしないことには、ということで手にすることが出来た。これが自分のものになってしまうと、おかしなものでなんでこんなモノに購入希望者が殺到するのであろうか?、贅沢な疑問が湧いてくる。取り説も何も見ないで色々いじってみた。カメラ機能、手入力機能、など等・・・・ウーン、まぁ良いか。TH55、これというかPDAの機能を最大限に発揮するのにはパソコンとのリンクが重要で、こっちの方も明日インストールしてみる。

夕刻5時頃から家族が集まって会食をした。孫の唯ちゃんも今日が卒園式ということで何処となくおませな感じであった。橋本の「北海道」というお店で美味しく頂いた。一番嬉しかったのは子供達が私に薄物のジャージ、家内にはブランド物のバッグをプレゼントしてくれた。その上に今回は費用を子供達が負担してくれるというのでこれには驚いてしまった。こんなことは初めての経験だ。子供達の話を聞いていると夫々の人生観が家内や私に影響されながら築かれていることに一つの感動を覚えた。でも三人の子供達がここまで成長してくれたことに大感謝。

食事の後はカラオケだ。先天性音痴の家内も積極的に歌った。結構結構・・・・ここで癪に障ったのは長男の由驍ェ何時の間にか私より歌が巧くなっていたことだ。これだけは許せない。私もむきになって「花と竜」を歌ったが歌いながらこれは負けだと悟った。他人と歌っている時は決して下手とは言わないが身内だとその辺は容赦がない。末娘の由美が「お父さんの負けだよ」と真実を言った。「真実は不愉快なり」今回は負けてあげることにした。でも同じ屋根の下で暮らしてきた人間が色んな経験を積んで時々会ってその成長振りを見るのは親としてはとても嬉しい限りだ。皆健康で平安な家庭を築いて欲しい。

 
       
  3月19日(金)晴 夕食会  
   

寒い一日であった。研修も本日で打ち上げだ。一ヶ月弱の間良く頑張ったと思う。今回受けた知識をさらに自分の中でレベルアップしていく必要がある。昼食は部屋で先生を囲んで皆でピザと寿司を取って食べた。吉田先生、皆様有難うございました。今後ともよろしくお願いいたします。

夕刻帰宅後、町内会の相談役の方がお食事に招いてくださり、家内や他の方達と楽しく会食した。中でも鹿肉の刺身は格別であった。

町内会の運営について話が弾んだ。来年度会長をやる予定の家内が色々不安な気持ちを抱き、弱気な意見を言っている。私の当初の基本的な考え方、及び一年間を経験した結果の現在の考え方が少しもずれていなかったので参考までに話をしておいた。即ち、町内会の運営は是々非々のスタンスで望めばそれで100点である。ということだ。基本的に誰でも余り関わりたくない集団を運営するのに会長一人だけが齷齪する必要はない。役員や関係者が出来る範囲の中で運営に協力するという基本的なスタンスが必要である。ここの所をはっきりしておかないと、不満や争いになりかねない。でも、家内はきっと巧くやってくれるはずである。

 
   

 

 
  3月18日(木)雨 権力者と権威者  
   

研修も一通りのところを終了したこともあり、世界の諸問題について自由討議をする時間があった。大橋さんは修験者について興味を持っておられ、その考え方について話す。私は霊の世界のことについて話題を提供し、吉田先生が仏教の発展プロセスの中からこれらのテーマに結び付けて話してくれる。とても興味があり楽しかった。

この中で「権威者」「権力者」の違いについての話が興味深かった。国とか企業、あるいは行政、特に国レベルで物事を考えた場合、権力者=利権という方程式は世界中何処に行っても同じようなものでこれは仕方がない。では権威者とはどういうことかというと、例えばタイの国王は権力を超えて権威者だそうである。例えば何年か前に発生したクーデターは軍隊と政党との争いであって、この争いを終結させたのは国王が両者を呼び出して、裁定する。この裁定は絶対で全ての人がこれに100%従う。

日本にはこのような絶対的な力を持つ権威者は存在しない。これは例えば「人を殺す」ということは悪であるということは外国では宗教があり経典に「殺すな」と書いてあればそれは絶対的な存在になる。ところが日本においては人を殺してはいけないということではなくて、人を殺したらどうなる。という法律が存在する。理想的な国体は先ず宗教があり、その下に憲法が存在するという姿が望ましいが、今の日本はそんな国体にするのは絶対にできっこない。故に子供達に対する道徳的な教育は親がやらなければならないが全体的には力不足の感がしてならない。

シニアの私達が草の根運動を展開して明日の日本を背負う子供達に身体で教育しようか・・・・

新渡戸稲造著「武士道」の中で新渡戸先生がこう書いている。

ベルギーの法学大家故ド・ラヴレー氏と散歩中「あなたのお国の学校には宗教教育はない、とおっしゃるのですか?」と、この尊敬すべき教授が質問した。「ありません」と私が答えるや否や、彼は打ち驚いて突然歩を停め、「宗教なし!どうして道徳教育を授けるのですか!」と、繰り返し言ったその声を私は容易に忘れえない。・・・

 
   

 

 
  3月17日(水)晴

サーバーが本格稼動

 
   

まるで春真っ盛りの陽気だ。コートを着て出かけたが暑くて仕方がなかった。風も強かった。

朝、週刊誌の発売差し止めの仮処分が出されたニュースがあったので「週刊文春」はどうなっているか、駅で見たら売っていた。買って読んでみたがレベルの低い離婚記事で、何故こんなことが差し止めになるのか理解できなかった。それにしても週刊誌も高くなったものである。紙の枚数も増えたがこんなもので320円も取られるなんて仰天した。昔は確か50円か70円くらいであった筈だ・・・・

本日は研修が13時まであり、その後会社時代のお友達のお宅に近況報告に伺った。小林さんは昔はテニスやランニングなどを一緒にやったが、膝を手術して以来、自由に運動が出来なくなってしまった。久しぶりにお目にかかったが筋肉もしっかり締まり健康であった。毎日ウォーキングと水泳で身体作りをしているという。立派である。

夜は会社時代の皆様と作ったプログラム愛好会に出席して北海道の味を充分堪能した。今回は年度末ということもあり綺麗どころや他の方々が参加できなかったが、色紙に色々なメッセージを書いていただきとても感動した。田中さんから「武士道」の本をプレゼントしていただいた。皆様有難うございました。

私が研修中、豪君が自宅サーバーのcgi環境を設定してくれて漸く新しいサーバーに移行が完了した。サーバー完成後半年目の本格稼動である。感謝。

 
       
  3月16日(火)晴 お弁当に感謝  

 

 

今年竹炭作りを経験して竹炭や竹酢液を頂いた。これで炊飯や飲料、焼酎割、入浴、髪毛などに使って効果を得ている。中でも入浴に使った竹炭は中々のものであるようだ。というのは左肘の近くに一年程前から掻き傷のようなものが出来てきて、何時もジュクジュクして直らなかった。それが竹炭を入浴に使った途端表面に薄い皮が出来て傷が固まってきた。これを続ければ完治するであろう。この年になって竹炭のご利益を初めて知ってなにやら大変得した感じである。

今、研修中であるが昼食は弁当持参をしている。というのが現在の所は四谷駅まで行かなければならない上に、食いしん坊の私は食堂でメニューを見るとどれもこれも食べたくなって中々オーダーできないので、弁当を持参している。この弁当、現役時代は結婚〜定年まで殆ど続けた。今にして思うと弁当を食べることは誰でも出来るが、これを文句も言わずに作り続けてくれた家内は実に偉いと思う。私には決してそんなことは出来ない。今日は弁当を食べながらそんなことを考え込んでしまった。

研修後、府中で現役時代の職場の皆様方総計6名で懇親会を開いた。上司の皆様、同僚、それと一番嬉しかったのは元事計の私の大好きなladyがわざわざいらしてくれた。彼女のお父様は御酒屋さんを経営しており、人格者で昔、我が家で人が来る時に生ビールをセットごと格安でお借りし、皆様に大好評を博したこともあった。

皆様時間と共に昔話に花が咲き大盛況であった。

 

   

 

 
  3月15日(月)晴

水問題

 
   

すっかり春めいてきた。今日は半そでのシャツで外を歩いても寒くなかった。研修中の話題を一つ。東南アジアというか海外に出かけた場合、水を飲むなとよく言われる。ラオスも同様である。それではどの程度飲んではいけないのであろうか?お猪口一杯程度なら良いのであろうか。本日はその話題となり朝歯を磨く時は水道の水を使っても大丈夫であるが最後にミネラルウォーターでウガイをした方が良いとのことであった。水道の水の場合は容器に入れて暫く経つと下の方に薄茶色の混入物が沈殿してくるそうである。それではプールで泳いだ場合無意識の内に腹の中に入ってしまう。お猪口一杯どころではない場合もある。水道の専門家が言うにはプールの場合は充分に塩素が入った水を循環して使っているので少しくらい飲んでしまっても下痢にはならないだろうとのことであった。飲み水よりプールの水の方が安全のようである。何となく変な感じだ。

 
   

 

 
  3月14日(日)晴

久しぶりの朝練

 
   

二ヶ月ぶりくらいで会社の朝練に参加した。朝7時50分くらいにコートに到着したが誰も居なかった。以前は必ず7時前から雨が降らなければ毎日のように練習をしていた。皆様が少しずつ集まったのは9時過ぎであった。年寄りは朝が早いが逆の現象が起きている。皆様少しづつ若返っているのであろうか。昼食会兼送別会をよろしく寿司で皆様と歓談しながら頂いた。

夕刻は町内会の役員会兼慰労会兼送別会ということで近くの寿司屋で開催した。役員は総勢13名であるが、今回は役員の奥様や旦那様を連れてこられる方が多く総勢18名で盛大に開催した。幹事の長田さんがこのお店の経営者を知っており、色々な面でサービスをして頂いた。今年の役員は皆様とても気が合う仲間ばかりで和気藹々とした本当に楽しい宴席であった。また、女性陣から大きな胡蝶蘭まで頂いて感動してしまった。宴会も一時間以上もオーバーして帰宅。それでも未だ話したりないということで近くのチェーンレストランで延々11時過ぎまで話し、飲み、踊っていた。皆様本当に有難うございました。

グランドフィナーレで”明日がある”と”良い日旅立ち”を大合唱

 
   

 

 
  3月13日(土)晴

電車の乗り越し

 
   

毎年恒例のフレッシュマラソンの日である。今年は私が研修のため出席できなかったが、家内が代役を果たしてくれた。我が朝練チームからは昨年同様2チームが出場、mmxの方は他の予定と重なり残念ながら1チーム。新緑とまでは行かないが広々とした昭和記念講演の中を走るのはとても気持ちが良い。家内は3区2.5kmを12分30秒くらいで走り良く検討した。結局朝練チームは27位と30位でほぼ実力と折の成績であった。私が出場していればもしや、順位は大幅にアップしていたかも知れない・・・・・

朝、久しぶりに中央線で寝過ごして次の駅まで行ってしまった。誰でも同じであろうが寝過ごす場合、大抵目的の駅で戸が閉まる直前/直後に目が覚めて悔しい思いをする。これってどういうことなのであろうか?身体はしっかり熟睡しているのに、常に動作をしている部分があるのであろうか。もしそうであるとすれば耳から入力した音声を何処かで認識し、自分の記憶領域に格納してある目的地と照合して一致した場合は目覚めさせる指令を出すのであろうか。このメカニズムって中々優れものである。私の身体の中にも何処かに24時間勤務の優秀な司令塔が居ると思うと何となく幸せになった気分だ。

 
       
  3月12日(金)晴 テニスの世界  
   

研修後、府中時代の職場の仲間達が宴席を設けてくれこれに参加した。ビックリしたのは大阪のお客様もわざわざ駆けつけてくださり、華を添えてくれた。岩本様、金子さん、佐々木さん、井手下さん、水口さんと昔話に花が咲いた。特に岩本様はテニスのJTPランク(現在はシニアの部)に登録されている全日本レベルの方だ。私なんかは足元にも及ばない。私が今までお付き合いした方の中では最高レベルの方であった。とにかく話の内容が違う、私達が知っているようなプロの方と試合をしたとか、海外で見知らぬ外人と試合をして勝利した後懇親を深めたとか、今度マッケンローと試合をやる企画を考えているとか・・・・話のスケールが全く違う。この世界でも他と同様、勝ってナンボの世界で強い人は尊敬される。岩本様が羨ましい。

でも、一つのボールを追いかける気持ちというか情熱は技術と無関係の世界である。私とか家内はこっちの方なら誰にも負けないんだけど・・・

 
       
  3月11日(木)晴風強し ひと時の夢  
   

連合の役員会で他の会長さんが犬は如何?ということで家内にこれを話したところ、飼ってみたいと言い出した。父が猫が好きで私も子供の頃から猫と一緒に生活してきたこともあり、予てから動物を飼ってみたいとは思っていた。色々な理由により結婚以来一度だけ犬を半年くらい飼ったことがあるだけだった。@.車社会の現在では事故の危険が大きいため犬や猫の自由度が奪われて可哀そう。A.私達が何処にも行けなくなる。B.犬や猫を面倒見る時間的余裕が確保で きそうも無い・・・・などが主な理由である。

この度お話頂いたお犬様はプードルというカワユイ座敷犬で格安の50,000円で譲っていただけるとのことで、家内は大乗り気になった。数日考えて出した結論は、矢張り飼うのはやめるということであった。理由は”自分が何処にも行けなくなるのは困る”というとのことだ。それでも一目観てこようということで、夜その方のお宅に行ってみた。しかし皆様外出されていたようで家の中は何匹かの犬の鳴き声しか聞こえなかった。二人であのカワユイ泣き声がそうだよ、とお互いの心の中に小さくてカワユイお犬様を描いて満足して帰宅した。飼ってみたいという心ともっと遊びたいという欲望が激しく戦って出てきた結論に私はノーコメントということにしておこう。

 
       
  3月10日(水)晴 The PDA  
   

PDAを更新したいと考えている。色々検討した結果SONYのクリエにすることにした。研修の帰りに八王子のヨドバシカメラに行って現物を確認して最後の決断をし、店員に購入する旨を伝えた。PEG-TH55、若いネーチャンが”この型はお取り寄せになります”と言い出して驚いた。”それってナーニ?”、”2月14日に発売以来爆発的な人気で在庫が底をついている”とのことであった。折角一大決心をして買おうと思っていた所に水をさされていささか参った。こうなると需給関係が逆転してしまい、直ちに予約したが入手は3週間くらいの時間が必要だという。いくら人気商品だとはいえたかがPDAの単体にどうしてこんなに時間がかかるんだ、と内心怒り狂ったが、今月末までに購入できない場合にはキャンセルという条件で予約をしてしまった。世界のSONYでもこんな商売をするなんて・・・・。寂しい思いがした。

 
       
  3月9日(火)晴 世論調査の怪  
   

昨日のことであるが、NHKで小泉内閣の世論調査を行った結果のデータ−を放送していた。この世論調査について、色々な機関が実施しているが私はこの種アンケートに対応したことが一度も無い。一体どの程度の確立でアンケートに当たるのであろうか?

前提条件として人口1.2億人、20歳以上の成人(約3/4)を対象、一回あたりのサンプル数が2,000人、マスコミなどの調査機関が全国で100社、年間のアンケート回数が4回ということで計算してみると、
対象人口:1.2億×3/4=0.9億人
年間当たりのアンケート対象者:2,000人×100社×4=80万人
年間当たりの人口に対する対象者の比率:0.008億人÷0.9億人×100≒0.9%
これが全国民に平均一回ずつ対象になるためには111年もかかってしまうことになる。なるほど、いくら東京に住んでいるとはいえ、111年に一回の割合では私が対象になるなんてことは先ずありえなかったんだ。 何となく納得。

 
       
  3月8日(月)晴 脳梗塞  
   

新聞で長嶋元巨人軍監督が脳梗塞で入院されたとの報道があった。脳梗塞といえば私の母が丁度4年前にこれで倒れ入院した。報道内容から判断して長嶋監督と同じような症状と思われる。母は当時85歳、入院当時は右半身が殆どいう事を利かず、右手、右足、そして顔も異常になり、話す言葉もロレツが回らなかった。右手も右足も左手のお世話にならなければ動かせない状況で、当時お先真っ暗な気持ちになった。姉夫婦が定期的に見舞いに行ってくれていたが、行く度にあそこが痛い、ここが痛いとネガティブなことばかり話していたので、リハビリを兼ねて自叙伝を書くように説得して書かせた。それから数ヶ月、不自由な右手を必死に動かしてB5版の用紙100枚くらいに立派なものを書き上げた。何の資料も無いのに良くここまで書いたものだと感心したと同時に、その時には右半身の麻痺は解消していた。

このことを思い出しながら長嶋監督の記事を読んでいたが、アテネオリンピックの総監督はやって欲しいが結局無理ではないかと思う。野球のことは良く分からないが一寸残念だ。

 
       
  3月7日(日)晴 あすなろ会  
   

前日の宿泊先からATCに直行であった。9時過ぎから相原セブンメンバーがテニスを楽しんだ。他の会員達は私達が余りにも早く出席したので目を白黒させていた。試合をそこそこに楽しんだ後は、あすなろ会のメンバーによる私の尺八の卒業式兼壮行会が挙行された。鈴木会長の最後の指導を受け皆様と一緒に”蛍の光”、”仰げば尊し”を演奏した時には思わず胸に込み上げてきた。

11時過ぎからは宴会だ。本来は”あすなろ会”は鈴木会長以下総勢5名のグループであるがこれに相原セブンやATCの方々が集まり15名くらいの大宴会になってしまった。鈴木会長や仲間の皆様の励ましの言葉は一言一言が私の心にガンガンと響き渡った。極めつけは、最後に鈴木会長と二人で”蛍の光”と”仰げば尊し”を皆様にご披露した時だ。吹きながら思わず感極まり目の前が涙で霞み、音が出なくなってしまった。何とか吹き終わった後の挨拶では”今まで送別会は何十回と経験してきたけれど、これ程感動したのは初めてです”と何とか言って後は人目もはばからずにオイオイ泣き叫んでしまった。私が大衆の面前で感極まって泣いたのは初めてのことではなかろうか。生涯の記憶に残る一日であった。

 
       
  3月6日(土)晴 相原セブン  
   

相原セブンの定例懇親会であった。ATCで皆様テニスを楽しんだ後、相模原清流の里に場所を移し夜の更けるまで話が弾んだ。相原セブンは二年前に私が還暦を迎えた時に結成され、構成員7名で出発した。その時の目標は4年後に全員が還暦を迎ええたことになるので、その時に海外に行って思い切りテニスをやろうという遠大な目標を立てて毎月積立している。この会はとても気に入っている。夫々異なったお仕事のベテランばかりで、色んな話題が出てきて幾ら時間があっても話題が尽きない。

そして、今回は新たに会員として町田さんと古川さんが入会することになり、益々充実してきた。9名だとテニスは二面を使って楽しむことが出来る。今から海外遠征が楽しみだ。

 
       
  3月5日(金)晴 危険な国  
   

語学研修を受けている。この中で先生が面白いことを言っていた。ラオスに行こうと思っているが、外務省や色々な情報を見ていると昨年北部の方でバスが襲撃されたこともあり、余り行かない方が良いということであった。現地に詳しい先生にそのことを言ったら、そんなことはありませんよ、そんな情報で判断するとしたら、ラオス人なんか日本は危なくて絶対に来ないですよと言う。何故なら外国から日本を見ると、日本は地震が多発し、毎年の台風では多くの死者が出るし、小学校や幼稚園に刃物を持った変な人が入ってきて殺傷事件を起こすし、それに電車の中にサリンなんかを撒いて人を殺す人が居るんだからラオスなんかよりは数十倍も危険だと思っているはずですよ。という。

ウーン、確かにその通りだ。外の国からその国を見ているとテレビや新聞、インターネットの情報だけで判断するが、その国の中に居ると色々な事件を自分に絡むことと絡まないことに分けてしまい、絡まないことは他の世界の話というスタンスで聞いてしまう。外からその国を見た時は、その全ての事件が自分に絡むような意識になってしまい上記のような矛盾点が出てくるのだ。ナールホド、もしかしたら日本よりラオスの方が安全かも知れない。いゃ確かに向こうの方が安全だ。

 
       
  3月4日(木)曇 変身  
   

昨日が結婚記念日という訳ではないが、最近家内がやけに優しくなってきた。これには私の遠大な計画があって、これが少しづつ成功しているということではなかろうか。というのは今年度私がやっている町内会長の仕事を来年度は家内にやらせる事にしてしまった。理由は色々あるが、どちらかというと末っ子で我が儘な性格が年月を幾ら経過しても直らない。これを直させるためには少し荒治療ではあるが、ある程度困難な仕事を経験させることが最良と思い、巧みに誘導して引き受けさせたのである。そして少しづつ仕事を引き継いでやらせているが未だ正式に総会で確定したわけでもないのに、大変な仕事を引き受けてしまった、という後悔の念とこんな仕事を一年間やってきた私に対する尊敬の気持ちが優しい態度に変化してきたのではないかと思っている。多分間違いないであろう。私も影では色々バックアップはするが、13人の役員、25人の班長さんを取り纏めるのは並大抵のことではないと思う。一年後には精神的に大きく成長し、聖母マリア様以上の優しい心で私に接してくれる妻に変身していることであろう。なんだか心がウキウキしてくる。

 
       
  3月3日(水)曇 地酒  
   

3月3日って何の日だったけ・・・・・・。そうだ今日は私達の38回目の結婚記念日であった。この根性無しの私が良くここまで持ったものである。これからはおまけの人生だから少し規格外の道を歩んでみたい。

本日で研修は無事終了。明日からは語学研修がある。終了式の後の懇親会もそこそこに新宿の新潟の地酒が美味しいというお店で、井手はん、〇さんと三人でじっくりと地酒を味わった。緑川、久保田、八海山・・・・確かに美味いが味の違いは良く分からない。話題は狂牛病から鳥インフルエンザ、等など格調高/低いお話とお酒で充分満足した。特に狂牛病は人畜共通 伝染病とかいうもので人間がこの病気にかかった肉を食べると 牛と同じように細胞が増殖してヤバイことになると井手はんが言っていた。〇さん遠い所を有難うございました。とっても楽しかったし嬉しかったです。

 
       
  3月2日(火)曇 ユニセフ献金  
   

夕刻帰宅したらユニセフからいつもの手紙が届いていた。例の寄付をして欲しいというやつだ。私は二年位前にユニセフの活動に強く感動して何がしかの献金をした。その後定期的にこの手紙がやってくる。これには強く反発する所がある。自発的に献金をするのは自分の意志によって行うのだから結構であるが、こう度々献金を促す手紙が来ると献金の気持ちとは反対の気持ちが強くなってしまう。これは私の考えが間違っているのかもしれないがこの手紙を受ける度にユニセフに対する気持ちが薄れてきてしまう。この手紙は辞めて欲しい。自分が献金したいというその時に自由意志で献金するという精神的な環境を作って欲しい。今ではユニセフの手紙が来ると中身を見ることなく廃棄してしまう。これはその精神からすると犯罪的行為かもしれないが、あくまでも私自身の自由意志で献金することとさせて頂きたい。

研修の帰りにwebカメラ3台(私の出張用、娘二人用)とポータブルHDD40gbを購入した。それとsonyのクリエを買おうと思っていたが機種が多くて選定することが出来なかった。もう一度検討してみたい。

 
       
  3月1日(月)曇 ボランティアの意義  
   

シニアボランティアの教養講座で良いお話を聞いた。私達は何故ボランティアをやるのか?。対象となる方々に私達が持っている能力や技術を提供してスキルを向上させ、幸せになってもらうためのお手伝いをする。という考え方ではダメなのだそうだ。私達自身がボランティア活動を通して幸せになることだという。日本NPOセンターの代表理事さんが言われることだから間違いがない。しかしそこのところが頭の中で考えているだけでは理解し辛い。でも、何となく分かることは2月28日の日記に書いたガット張りで思い出した。これは私はボランティアだと思っている。一見するとテニスの時間をつぶしてやるので私にとっては大きなロス時間と言えないこともないが、私はガットを張ることによってガット張りのスキルが向上すると共に、一人で作業していると色んなことを考えることが出来る。そういうことが私自身の幸せに繋がると考えろということか。ナールホド。