My Diary

   
  2004年(平成16年) 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月  
       
    ラオス通信-8  
       
  11月

ビエンチャンで11月は何と言ってもASEANサミットが超ビックイベントでした。開催のために街は綺麗にお化粧直しが施されました。何だかビエンチャンがビエンチャンで無くなってしまった様な物凄い変わりようでした。お巡りさんも至るところで目を光らせ悪いことや怪しい人は絶対に見逃さないといった雰囲気で警戒を強めておりました。

また、私にとって非常にショックを感じたことは体重が71kgに増えてしまったことです。何とか65kgまで減量することが今年の目標だったんですけれど、増加傾向ということで今後暫く飲食の量を減らそうと思います。でも12月は多分クリスマスとか忘年会など私の大好きな宴会の機会が沢山控えていると思うと、複雑な心境です。

また、暑さも峠を越した感じで朝晩は肌寒さも覚えます。夜寝るときはパンツ一枚で何もかけないで寝ますが最近は無意識のうちに掛け布団を手繰り寄せて掛けていることが時々あります。でも日中太陽が出ると少し暑いです。

それでは今月も私のラオス生活体験をご報告させていただきます。

 

No

項目

単位

4月

5月

6月

7月

8月

9月

10月

11月

12月

1月

2月

3月

1

体重

kg

70

68

68

67

67

68

69

71

 

 

 

 

2

朝エアロビ

回数

4

4

2

3

0

2

0

0

 

 

 

 

3

朝ラン

回数

22

22

22

22

16

10

3

23

 

 

 

 

4

距離

km

102

88

121

123

93

46

14

132

 

 

 

 

5

水泳

回数

7

7

1

0

3

0

0

0

 

 

 

 

6

距離

km

4

7

1

0

2

0

0

0

 

 

 

 

7

テニス

回数

1

2

3

3

1

4

-

1

 

 

 

 

8

自転車

回数

3

4

3

3

1

4

0

3

 

 

 

 

9

距離

km

135

205

113

143

13

210

0

136

 

 

 

 

10

観光

回数

1

1

2

1

2

1

-

0

 

 

 

 

11

主な購入品

*水中眼鏡、耳栓

*譜面台

*ソー(楽器)

*マウンティンバイク用の靴とペタル

*コーヒーメーカー

*ケーン(楽器)

*サングラス

 

各1

1

 

 

 

 

1

1

 

1

 

 

 

 

 

 

 

1

1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.ASEANサミットが行われました

日本の小泉首相も参加されてASEANサミットが行われました。東南アジア諸国にとっては最重要な会議という認識はあるのですが、ビエンチャン市民や滞在する人々にとって果たしてミクロな意味で幸せであったか否かは判断が難しい所があります。このサミットのために色々な準備作業があったわけですが、それらを少しご紹介したいと思います。

1)   メコン川沿いの沿道(歩道)にあった露天が全て撤去されました(前号既報)

メコン川の沿道には長さ2kmくらいに渡って露店がありました。朝食、昼食、夜の団欒、マッサリ(とうもろこし)やサツマイモ、パパイヤ、その他あらゆるものあり、そこで商売をしております。撤去前は沿道をマウンティンバイクなどで通る時に道幅一杯にテーブルや椅子が並んでいていつもそれらを避けながら通過していました。店の中をMTBで通過したんです。その時はとても迷惑に思ったり不愉快に思いましたが今では懐かしい限りです。でも彼らは何処に生活の場を移したのでしょうか。それともサミット後に戻ってくるのでしょうか。

2)   主要道路沿いの各種店舗の前に増設したに軒先や柱などは全て撤去されました

ランサーン通り、ドンパラン通り、クービエン通り、タドゥーア通りなどにある大小さまざまな店舗は店舗の前の歩道などに軒先を作り雨避けや拡張店舗に使っておりました。それらは全て撤去されました。夫々の商売、特に飲食屋さんなどではそこにテーブルを置いて商売していたので大幅な収入源になったのではないかと思います。

3)   主要道路のアナボコが無くなりました(前号既報)

4)   夜10時以降の外出禁止令が強化されました

従来も夜10時以降の外出禁止令があったようですが、そういうことは殆ど感じることは無く、望めば深夜まで飲食していても何等問題なかったのですが、警戒が厳重になり10時以降は私の運転手に頼んでも「No」と言います。24時から勤務する自宅のガードマンはこの期間、9時前に家に到着し簡易ベッドを持ってきて勤務時間まで寝ております。この影響で夜の飲食店は痛烈な被害を受けたようです。サミット期間、店を閉じた所もありました。

5)   街路樹下部に色付けを行いました(前号既報)

6)   パトゥーサイが綺麗に化粧直ししました(前号既報)

7)   トゥクトゥクが無くなってしまいました

11月29日に買い物に市内に出かけたのですけれど、ラオス名物のトゥクトゥクが一台も走っておりませんでした。トゥクトゥクが居ないと道路は静かで交通量も極端に減ります。でも、トゥクトゥクが走っていないということは、多くの市民の移動手段が無くなる訳ですから多分官庁、銀行、学校以外でも多くの市民は仕事を休んだんだと思います。

8)   ラオ女性は全員シンを着用しました

お上の命令でラオス人女性には全員シンという腰巻のような長いスカートを着用していたようです。これに違反した場合は15,000kp(150円)の罰金が取られるそうです。また金髪などに染めても同様の罰金が科せられると聞きました。

 

2.日本人の異環境下におけるストレスと食習慣の関連についてアンケート結果を受領しました

高知県立高知女子大学大学院の研究生の方から上記アンケートの依頼を受け、この回答をした所、分析結果を受領しました。とても興味がある内容で一部御報告いたします。このアンケートは海外に派遣される前や派遣中の人の健康教育や健康管理を行う基礎資料づくりを目指して行われたもので、派遣前と派遣中のストレスの種類や強度ならびに派遣前と派遣中の食習慣をアンケート形式で回答したものを分析したものです。

私自身の分析結果は以下の通りでした。

No

項目

派遣前

派遣後

1

BMI(標準体重)

25.3(肥満T)

24.2(正常)

2

主観的ストレス

全く感じない

全く感じない

3

精神健康調査結果

0点(問題なし)

2点(問題なし)

4

栄養素の取得状況(赤信号の数)

2/10

7/10(カルシウム、鉄、vc,カロテン、植物繊維、カリウム、飽和脂肪酸)

5

栄養素の取得状況(黄信号の数)

3/10

T/10

(脂肪)

6

栄養素の取得状況(青信号の数)

5/10

2/10

(食塩、コレステロール)

 

栄養素の取得状況が一寸ヤバそうですけれど、このデータはアパートで自炊していた時のデータに付き余り心配しておりませんが、ストレスがデータ上からは0→2点になったということで、これがどの程度の重要性があるのか分りませんが、無意識の内にストレスを感じているというところが一寸気になります。

このアンケートの後、私の食事内容を調査するよう依頼を受け3日間の食事をチェックしましたが、ここでお料理には以外に色々な食材を使っていることを発見したことです。例えばおかゆの中には7種類くらいの食材が使われているのを発見した時は大きな驚きと共に、ハウスキーパーさんに心からお礼を言うことが出来るようになりました。とてもよい勉強をさせて頂きました。

 

3.バトミントンのクラブにこっそり入りこみました

   色々なものを見てやろうやってやろう、というスタンスで毎日を過ごしておりますが、私がやっていることを振り返って良く考えてみるとマウンティンバイクでもテニスでもみんなラオス人以外の人とのお付き合いでした。矢張りビエンチャンに居るのだからラオス人との付き合いが大切と思い、隣家のMr.Bounchanが通っているバトミントンクラブに入りこみました。というかどうやらそこはバトミントンを楽しむ連中がやって来て適当に試合をやっておしゃべりをして楽しんでいるだけのようで、私も何が何だか分からないまま続けて参加している内に親切なおっさんが居て、皆が試合をやる前に私に練習をつけてくれます。そうこうしている内に唯一の変な外人ということで色んなオッサンが教えてくれるようになり、可愛がってもらっております。現在は未だ試合が出来るようなレベルではないのですけれど、少しずつ上達しています。ここに来る人は全員ラオ人です。中には英語を話す人も居ますが殆ど相手がラオ語と身振りでこちらはボダイ(ダメだ)、コープチャイ(有難う)、コトーッ(ド)(済みません)だけの会話です。それでもボディランゲージで何とか交流しております。

ここで分かったことは、何でも続けてやっていれば気力の強さに比例して良い方向に向かうものだ、ということでした。

私が通っている所は自宅から2kmくらいのクービエン通りにある所で、そこは天井が高い体育館のような感じの粗末な建物でバトミントンコートが二面あります。月〜土曜日の16時半頃から始まり21時頃までやっているそうです。私は何時も16時半頃から17時半頃まで皆さんが試合を始める前に練習をつけてもらっております。私のような利用方法の場合はお金がかからないんだそうです。というのはそこのコートは試合をやると建物の使用人がやって来て審判をしてくれて新しい羽根を出してくれます。新しい羽根を一つ使うとダブルスの場合一人当たり5,000kp(50円)を支払う仕組みのようで、私は新しい羽根を使わないので何時も無料ということになるそうです。これでは皆様に悪いような気がして時々バナナなどの果物を差し入れして気を遣っております。

 

4.驚いたこと

  11月30日(火)にお昼頃から職場のスタッフや家族の皆様が我が家に集まりバーベキューパーティを行いました。

この週はASEANサミット期間中ということで多くの職場が休みとなりました。私達の職場も同様です。私の友人も含めて合計20名が参加しました。豚肉10kg、ナマズ15kg、その他、野菜やカウニャオなど盛りだくさんのお料理でした。飲み物も十分あります。ナマズは職場の修理部門グループで作った自動焼機で焼きます。11時半頃から始まり16時半ごろお開きになりました。食材は全部食べきれず肉は半分くらい、ナマズは1/3くらい余っておりました。皆が帰った後調べてみたら、これらがみんな無くなっておりました。驚いてハウスキーパーに聞いてみたら職場スタッフの人が持っていってしまった。彼らは私のお客様なので何もいえなかった。また、ビールも冷蔵庫から取り出して持っていった。と言っておりました。これには怒り狂ったと言うか開いた口がふさがりませんでした。この対処をどうしようかと思案中ですが、今の所職場の所長に事実を伝え、こういうことはラオスでは当たり前のことか否か、を確認し、当たり前のことと言った場合は、今後職場スタッフを信用できないから我が家には招かない。これは異常なことだと言った場合は、ペナルティとして盗んで行ったものを返すか等価の現金(25$)を返して欲しい、と言ってやろうと思っております。今回の事件を機に職場スタッフに人のものを黙って持ち出すことは犯罪であるということを分からせてやりたいと願っております。

 

5.ロボットコンテストを見学しました

   11月5日(金)ラオス国立大学主催の第三回ロボットコンテストが開催され、これを見学に行きました。私が働いているLJTTCでも参加する予定でしたが、色々手違いがあり参加できなかったものです。本来は前日に予選を行い当日は決勝の6試合だけの予定でしたが、準備の都合で当日だけの試合になりました。参加チームはラオス各地の大学や短期大学およびタイの大学、日本からも或る大学が参加して合計12チーム(?)で行われました。二チームずつ対戦し、トーナメント方式で優勝が争われました。

コンテストの内容は自走ロボットが色々な大きさの色が違った箱を検出し、その後同じ色の別の台の上に乗せるというもので競技毎に箱の位置の組み合わせが変わります。中々高度な技術を要するもので出来栄えを期待したのですが、真面目に動いたのは僅か3校くらいしかなく他の学校は殆どが最初から動かなかったか途中で誤動作してしまうといったものでした。日本の大学のものも最初から全く動きませんでした。休憩時間に日本の大学の生徒に「どうしたの?」と聞いたら、「ホテルでは今朝まで動いていたんですけど・・・」とのことでした。

日本で何時も放送しているロボットコンテストを想像していた私は正直いって失望しました。ロボット大国の日本から参加した大学のものも動かなかったのには強い怒りさえ覚えてしまいました。これは、他にも理由がありました。

他の学校の選手達はユニフォームを着たり、ネクタイを締めたりそれらしい格好をしていたのですが、日本の選手だけは色のついたTシャツに長めの短パン、それにスニーカーというスタイルで出場しており、心構えがなってないなどと老人のようなことを考え怒っていた所もあります。これに更に怒りに火をつけたのが、夜ホテルで行われたレセプションの会場で、日本の大学の教授先生と隣り合わせたこともあり、本番で動かなかった理由を尋ねました。私は動かないものは別として誤動作は検出器の精度が悪いのではないかと勝手に判断しておりました。ところがロボット大家(当地では最高のロボット技術者のようです)の先生は「今回の各学校のロボットの誤動作、不動作の95%以上の原因は半田付けにある」と断言されておりました。それだったらロボットを作る前に半田付けの指導をすべきじゃないかと言ったんですけれど、「半田技術はとても高度な技術を要するもので短時間では習得が難しい」と言っておられました。

大変なことは良く理解しているつもりなんですけれど、ロボット大家の先生が言っていることは全く理解できませんでした。この理屈でいくと、日本で行うロボットコンテストであんなに動くのは何故なんでしょうか?

 

6.サウナ風呂に初めて行きました

   隣家の友人Mr.Bounchanが夕食に招待してくれました。食事の前に飲み物を美味しく飲むためにサウナに行こうということで近くにあるサウナ風呂屋に行きました。私はビエンチャンでは有料のサウナは初めてです。(前のアパートに住んでいた所のParkviewにはサウナ風呂があって泳いだ後は良く利用しておりました。)そこは日本大使公邸の直ぐ隣二軒目の所です。お客は誰も居なくてロッカーに衣類を入れてタオルを巻いてサウナ室に入ります。サウナ室は普通の大きさです。そこに店員がハーブの葉っぱをザルのようなものの中に入れて入ってきて座る所の下にセットして行きます。暫くするとハーブの香りがしたスチームが部屋中に充満し汗がビシバシ出てきます。10分くらい入って部屋を出てハーブティーを飲みながら休みます。これを三回くらい繰り返して終わりにします。何やら身体中がハーブに包まれたようなとても心地良い気分に浸れました。これで一人当たり6,000kp(60円)でとても安いです。Mr.Bounchanが言うにはビエンチャンにサウナ風呂は沢山あるがここのサウナが最高だとのことでした。サウナの後はマッサージをしてもらいました。マッサージはウナギの寝床のような所を下1mくらいを仕切って一部屋あたり2畳分くらいの広さになっております。足の先から頭のテッペンまで一時間を掛けてマッサージしてくれます。私は足の先をやっている時に寝込んでしまい、目が覚めたら終わりの時間になっておりました。何だか身体がしゃきっとした感じになりました。マッサージは一時間で20,000kp(200円)でした。

その後Mr.Bounchan宅で奥様の手料理の魚ラープを肴にしてビールとウィスキーを美味しく頂きました。今度私の他の隣に引っ越してきたJICA専門家の美人女性と一緒に招待してくれるとのことです。Mr.Bounchanは向こう三軒両隣をとても大切にしたいと言っておりました。

 

7.   色々なSVの皆様

私も当地に来て8ヶ月が経過しました。余り成果も無いのですが、職場に一応後輩が出来ました。電子機器修理部門の先輩SVが二年の任期を終えて帰任され、新しく後輩がやってきました。彼は50歳前後でとても若くて仕事も良くやります。奥様は現地の方でとても若くて美人です。彼は私が居た会社で勤務していたことがあり、考え方などに共通な点が多々あり仕事もとてもやり易いです。これに引き換え今回帰任した前任のSVは高い技術力を保有していたようですが、職場のスタッフや私ども日本人スタッフが余り気に入らなかったようで、色々なハプニングがありました。極め付きは学長(日本で言えば東大の総長)も出席した最後の歓送バシーに欠席してしまい、学部長や職場からの選別の品も受け取りませんでした。結局職場スタッフには誰にも挨拶もせずに帰任してしまいました。とても悲しかったです。

その方は12月にビエンチャンに居を構え商売をやるために再度やって来るようです。

 

8.   日記帳を作りました

日本から持参した日記帳が終わりに近づいたので日記帳を作ってもらいました。このタイトルが一寸表現の仕方がおかしいかと思うでしょうがその通りなのです。私は日記帳は罫線なしの無地のものを長年使っていたため、同じ種類のものを前回日本に帰国した時も新宿の街を捜し求めて歩いたのですが見つかりませんでした。当地で上質紙を使って作ってもらおうと考え、日本で探すのを止めたという経緯があります。日記帳の場合一枚の紙の両面を使うのでインクなどが裏面に滲んでしまう恐れがあるので上質紙を使う必要があると思います。紙工場に行き私が持っている日記帳と同じ紙質を使って作るように頼みましたが同じものが無く、色々選択して裏面に滲まない紙を選択し、製本してもらうことにしました。表紙には薄い透明のプラスティックシートをつけてくれて、まぁまぁ気に入った形のものが出来上がりました。100枚(200ページ)のもので金額は何と15,000kp(150円)でした。とても安くて気に入っております。

 

以上