ハワイ旅行に参加:2002-02-07〜11:SKBグループと | ||||
私たち夫婦憧れの地、ハワイに行かせてもらった。今回ハワイを一寸だけ触って きましたので以下記します。 参加者(11名):小池さんご夫妻、田中さんご夫妻、塩野さん、渡辺さん、鈴木さん、 大久保さん、青木さん、昭子、康裕 この旅行のアルバムはここをクリックすれば見ることが出来ます
|
||||
2月7日(木) 新宿発17時15分のNEXに乗車。成田ではツーリストの桑原所長が待っていた。20時45 分発JAL70便、HAWAIコナ空港を目指して出発。機内は満席だ。スチュワーデスは殆どが アジア系外国人であった。まもなく食事。相変わらず美味しくない。このよょうな食事 に詳しい田中さんの話ではこの程度の食事は一食当たり300円〜500円程度ではないかと のこと。そんなに安かったのか。吃驚した。私はスパゲッティを中心とした食事を選択 し、これをビールとold-parのロックで喉に流し込んだ。その後はただひたすら眠る だけ。通路側には今回の幹事役の小池さんが美味しそうにアルコールをたしなんでいる 。一昨年Paris&Londonに行った時には13時間かかった機中で殆ど感じなかった疲労 感が今回は顕著に現れてきた。首の付け根が痛くて2時間ぐらいで目が覚めてしまった 。今回は6時間半の工程であるにもかかわらず、だ。スチュワーデスさんの愛想が悪か ったのも1つの原因であったのかもしれない。彼女達は仲間内では笑顔を見せ合うが、 私達に対しては澄ました顔しか見せない。矢張り日本人のスチュワーデスが良いナ。コ ナ空港には現地時間2月7日(木)の朝8時半に到着。時差は19時間、日本に居た時の時 計を5時間戻して日付を一日戻す。常夏と思っていたが意外に涼しい。長袖を着ていて もそんなに不自然でない感じである。しかし眠くてしょうがない。早速ホテルに行っ た。Hilton Waikoloa Villageというリゾートである。ここは7万坪以上の土地に宿泊施設 やレストランなどが点在しており、ここを電車と船が常時走っており我々を乗せて移動す るというシステムになっている。早速一日目の行動開始。私たちはゴルフ組と分かれて6 人でサブマリンツアーを楽しんだ。ホテルからはタクシーで片道チップ込みで60$。30 分くらいの距離だったのでこれが高いのか安いのかは解らない。でも私達がツアーを楽 しんだ後も待っていてくれたところを見ると少しチップのサービスをしすぎたかな。ア トランティスというこのサブマリンツアーは一昨年行った沖縄のもぐりんと同じである 。水深30mまで潜って遊泳する魚を楽しんだ。昼食はHilton Waikoloa Villageのkirinレストランで中華を食べた。その後昭子と部屋に入り夕食までぐっすり休んだ。 6時からカムエラ・プロビジョン・カンパニーレストランに全員集合だ。皆を待つ間海 を見るとハワイアンサンセットが素晴らしい。また鯨が全体を海上に飛び上がって泳ぎ、 潮を高く吹き上げているのを見ることが出来た。レストランでの晩餐は屋外のテーブルだ。 燃える炎の下で飲むビールの味も中々おつなものだ。オーダは各種サラダと私はステーキ、 昭子は日替り魚料理だ。ステーキはいわゆる草履ではなく、柔らかくて良い味だ。魚料理は はっきり言って不味かった。食事の後はホテル6222号室で全員集合し盛大に反省会を開催した。 それにしても眠い、部屋に帰ったら文字通りバタンキューであった。 |
||||
|
||||
2月8日(金):起床6時:ハワイ島観光 朝6時、外は暗い。6時半過ぎにパームテラスレストランでバイキングの朝食。
2世のボーイが"Luche"という果物を食べさせてくれた。美味かった。日本でも売っているという。
ゴルフ組みと別れて8時半に島内観光に出発。ホテルはハワイ島の西北に位置している。この日は
一日かけて島の西側から東に抜け、ヒロの町を通って南端まで行きそこから帰って
くるというコースだ。コハラ山、日本が建てたスバル天文台のあるマウナケア山を
見ながらパーカー牧場、虹の滝、ビッグアイランドキャンビー(チョコレート工場)、
キラウエア火山、黒砂海岸、ナアレフ(パン屋)、コーヒー工場などを見学。ハワイ
島について得た知識は マダムペレが住むというハレマウマウを見学。煙が辺り一面から噴出している。足元が温かい。温度は38℃位であろうか。歩いていても硫黄のにおいは殆どしない。日本の箱根とは大違いである。また、ここで雨に当たると酸性雨のために大切な髪の毛が抜け易くなると言われ、霧雨が降ってきた時帽子の持ち合わせが無かった私はパンフレットを頭の上に載せて歩いた。 黒砂海岸(Black Sand Sea)で小休止。浜辺の砂が真っ黒だ。溶岩が砕けて黒砂になったとのこと。浜辺には看板が立っていて”カメのそば5m以内に近づかないで下さい”と書いてある。砂も溶岩もとても温かいのでカメがコウラ干しでなくてお腹を温めて昼寝をするのだろう。昭子が昼寝中のカメを発見した。80cmくらいのものだ。ナアレフで小休止。ここからワイオヒヌに向かう途中日本の棟方志功が立ち寄ったモーテル白川があって、ここに志功の作品が置いてあるという。アメリカ合衆国最南端の地(カラエ(South Point)を遠くに見ながらホテルへの道を急いだ。ホテル帰還が18時過ぎ。ほぼ予定通りであった。 晩餐はカメハメコート(屋外ステージ)で現地土着民のショー”ルアウショー”を鑑賞しながらバイキング料理を楽しんだ。ここで私はビールの酔いに吾を失い、舞台に上がって美女と一緒にフラダンスをやってしまった。美女の巨大なボインを注視しながら踊ったフラダンスにいささか興奮してしまった。 部屋に帰り6222号室で恒例の反省会をやってお休み。夜中の3時頃ヴェランダに出てみた。周りに光が少ないので星がくっきりと見えて素晴らしかった。確か北斗七星が北の空低く見えた。また、流れ星が2つ見事な流線を描いて消えた。 |
||||
2月9日(土):起床3時:ハワイ島⇒オアフ島へ移動 飛行場に到着した。空港にはライフル銃を持った軍人が厳しい格好で立っていた。旅行会社からはアロハ航空の1stクラスのラウンジを利用できるという事だったので、軽食は無くてもゆったりとしたソファーとアルコールと美女を期待したが、簡単なソファーと飲み物のコーヒーなどがあるだけでサービスの人も居ない。朝食も食べずに来たのに何が1stクラスなんだよーと、いささかイラついた。アロハ航空671便、808ALの臨時便(B737)は満席のお客を乗せて9時半過ぎにオアフ島のホノルル国際空港に到着。バゲッジが来ない。待てど暮らせど来ない。ハワイ島からの次の定期便のお客も到着して去って行っても待っていた。業を煮やして受け取りはJALPACKの現地の人に任せてハィヤットリジェンシーワイキキホテルに行った。以降は自由行動になった。ダイアモンドヘッドに行くことも考えたが天気も良さそうでもないし、昭子と二人で市内散策&買い物に行った。ホテルからカラカウヤ大通りを東に歩く。先ずは昼食だ。ホテル前の道路を隔てた大衆食堂といった感じの店に入ってみた。シーフードサラダ、焼きソバ、肉野菜、グラタン炒め、&ビールをカードで支払った。カードっていうものは少なくともお土産とか高額なものだけにしか使えないと思っていたので非常に驚くと同時に、東京都民ではあるが田舎者の私であることが良く解った。 大通りを更に東に歩くとインターナショナルマーケットプレイスというお土産横丁といった感じの小さな店が乱立しており日本人の店員が一杯居た。何から何まで安い。Tシャツなんか5枚で2$などというのもあった。しかしそこではどうしても買う気が起こらない。更に東に歩を進めた。漸く大きなDFS(免税店)を見つけた。DFSギャラリアでお客は殆どが日本人だ。ここでお土産をまとめて購入。そこから今度は西の方に戻った。シェラトンホテルをすり抜けてワイキキの浜辺を歩いた。 テレビで見るのと同じ光景があったが、矢張り日本人が多い。面白いことを発見した。気候は暑いのに浜辺の砂は全然熱くない。日本の海では海水浴で浜辺から波打ち際まで行くのに足の裏がやけどする位熱いが、ここは熱くない。何故だろう?ABCショップで冷たい缶ビールとビーフジャーキーを買ってホテルの部屋でゆっくりした。 晩餐は豪華客船に乗ってナイトクルーズである。食事をとりながらハワイアンや踊りを楽しむ。料理はステーキや伊瀬エビなど豪華な感じではあったが味は今一といったところか。ショーの合間に今日が誕生日の人が舞台に呼ばれた。私は10日ばかり早かったが舞台に上がって幼児のようにみんなとお手手をつないで歌った。昭子は南洋の血が混じっているのであろうかアルコールが入るとお尻を左右に盛んに振って身体を無意識に動かす。ダンスタイムになった。早速中央のフロアに出て行き渡辺さんとルンバだか何だかわからないダンスを不恰好に踊っていた。夜、海上から眺めるオアフの町は美しい。夕日が沈む頃のダイアモンドヘッドの稜線がひときわ目立つ。何時の日かあそこを走ってやるぞ、と密かに決心をした。 ホテルはワイキキ海岸に面した部屋であったが風の音が部屋の中まで聞こえてきた。明日はもう帰国だ。
|
||||
|
||||
2月10日(日):起床3時半:帰国 朝9時30分発の飛行機に乗るため朝食も取らずに飛行場へ行った。ホノルル空港から一路成田へ。全員無事で今回の旅行を終了することが出来た。感謝である。皆様本当に有難うございました。幹事の小池さん、大久保さんご苦労様でした。今後ともよろしくお願い致します。 今回の旅行は現役時代最後の海外旅行であり、時間的に短かったが、お互い気が知れた仲間と一緒の旅であり有意義であった。これからのこのグループの旅はゆったりとしたものになり、存分に楽しめることであろう。 以上 |
||||
|
||||
|
||||
|
||||
|